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母としての感情

久しぶりに娘と長電話をした。普段、LINEをしてもそっけない態度。
便りがないのは元気な証拠・・・

 

感情に寄り添い穏やかな毎日を手に入れる
写真家・対話クリエイターの奈美です

 

私を見ているよう

電話をしてくるのは、LINEがまどろっこしい時か話を聴いてほしい時。

今回は話をしたいとき。

現状を話し出す娘。私はただ、聴く。
自分のことをしていてもいろんなことが目に入るし、それをやってあげたくなっちゃう。
またそれができてしまう。

そして疲れちゃう・・・
わかっているんだけれど放っておけないのです。

私の若いころとよく似ている。
いっぱい経験して今に至るまで、
すっごく遠回りしてきたけれど
人に言われても変えられなかったな。

まるで私を見ているよう・・・

この先にこんなことが待っているよ
こうするといいよ

私が遠回りした道で起きたことを
つい言って、そうさせたくなってしまうけれど
実体験からしか学べない。

もしくは自分で考えて
参考にしたいから話を聴かせて欲しいと
自分で聴いて感じて動かないと

やらされている感がぬぐえない。

 

 

母のできることは

母ができることは見守ること。

自分の中で腑に落ちることを探すのを見ていること。

自分で考え、出した答えがたとえ、ん〜そうなんだ
と母とは違う答えだとしてもやらせてあげられること。

うまく行っても行かなくても
それが今必要な体験だと言えて、
伝えてあげられること。

 

母の想い

母は娘との電話をしている間
何を感じていたかというと
娘を『抱きしめたい』 って思ってました。

できることなら苦労しないでって思ってしまうけれど。

それは余計なお世話なのです。母として子を心配しているだけ。

見ているとハラハラする。
そのハラハラが少ない方がいいというのは母の勝手な想い。

娘は子どものころからよく母に言ってました。

手を出すな!と。

すごく単的すぎる言葉だけれど
ここに含まれているのは
『今、困っているけれど、頼んでないことはしなくていい。
自分で何とかする方法を考えているから、そこで見ていて』
ということ。

母が何かをできるわけじゃないけれど
つらそうな子どもを見ているのは結構しんどいのですよね。

母は娘が大好きすぎて、身を削られる思いなのだと
改めて実感。

でも手を出すことはその子どもを無視して、
自分のしんどさを紛らわそうとしているだけなのでは?

自分の感情に気付ける

さきほどの言葉・・・私は自分の両親に言いたくて言えなかった言葉だなと思う。
それをきっちりはっきり言葉にできる娘ってすごいなぁ・・・

母である私と娘である私
その両方がわかるから・・・

こんな風に心配もしているけれど
心の中では娘なら大丈夫!!と思っている自分もいておもしろい。

どちらも自分の感情で
どちらもあっていい♪

子育ての時期は過ぎたけれど
自分の中の感情と向き合う機会となりました。

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